一般的に、「涙を流すとストレス解消になる」「心のデトックス効果がある」と言われていますが、それは本当なのでしょうか?涙がストレスを解消するのであれば、玉ねぎを切って出た涙でも、ストレスは解消されるのでしょうか?涙とストレス解消の仕組みについて、メンタルヘルスを専門とする医師の中嶋さんに聞いてみます。
涙はストレス解消になるって本当ですか?
「泣くことは最高のカタルシス効果※」などと言われることがあります。悲しい出来事があっても、大泣きしたらなんとなく気が済んですっきりしたと言う経験をした人は少なくないでしょう。なかには、「最近どうも気持ちがモヤモヤしているからすっきりするために」と、わざと“泣ける”と話題の映画を見たり本を読んだりする人もいるようです。
実際のところ、涙を流した後にストレスホルモンと言われるコルチゾールの血中濃度は、ある程度低下することがわかっています。涙と一緒に流れていった分もあるでしょうし、あるいは泣いているうちにだんだん気持ちが落ち着いてきて、体内でのコルチゾールの分泌そのものが低下した可能性もあります。いずれにしても、ストレスが減少していると判断できる結果が出ているのです。
また、涙を流すことで副交感神経が優位な状態になるため、リラックス効果が得られるとも言われています。ストレスを感じている時はたいてい、交感神経が優位な状態が長時間続いている場合が多いもの。自律神経のバランスが崩れてしまっているのです。そこで、涙を流すことで副交感神経のスイッチが入り、自律神経のバランスが整うようになると言うわけです。
つまり、涙を流すことはストレス解消につながると言うことはほぼ間違いないでしょう。
※カタルシス効果……精神の浄化作用。心の中にたまっているモヤモヤが解放されすっきりすること。
玉ねぎの涙はストレス解消になるの?
ただし、涙なら何でもよいかと言うと、そう言うわけではありません。
私たち人間が流す涙には、大きく分けて3つの種類があります。1つめは、目の表面を潤すために常に少量ずつ流れている「基礎分泌の涙」、2つめは目にゴミが入ったり刺激を受けたりした時に出る「反射作用の涙」、3つめが心を強く揺さぶられた時に流れる「情動の涙」です。
このうち、ストレス解消になるのは、3つめの涙だけです。実際に悲しくて泣いた時はもちろん、映画を見たり本を読んだりして泣いた後でもすっきりするのではないでしょうか。それは、怒りや悲しみ、悔しさなどの感情が呼び覚まされたことによって脳が刺激されて出た涙だからです。心が揺さぶられウルッと来るようなものであれば、マンガでも音楽でも、写真でもなんでも大丈夫です。もちろん、感極まった喜びの涙でもストレス解消になります。この「情動の涙」を流せるのは、人間だけだと言われています。
では、玉ねぎを切った時に流れる涙はどうかと言うと、これは、前述の2つめの「反射作用の涙」にあたるので、残念ながらいくら流してもストレスは解消されません。とはいえ、この涙も非常に大切な役割を果たしているのです。
玉ねぎを切った時に涙が流れるのは、玉ねぎに硫化アリルと言う催涙性物質が含まれているからです。包丁を入れた時に細胞が壊れ、硫化アリルが気化して漂い始めます。それが目の粘膜を刺激すると、脳が「涙を出せ!」と言う指令を出します。もし玉ねぎを切った時に涙が出なければ、硫化アリルが目に入ってもそれを外へ流し出すことができず、何か問題が出てくる可能性もないとは言えません。
玉ねぎを切った時に目がしみたり、涙が出てきたりするのは、大切な器官である目を守るための、体の自然な反応と言うわけです。
玉ねぎを切っても涙が出ないこんなアイデア
でも、いくら目を守るためだと言っても、玉ねぎを切るたびに涙を流すのは嫌だと言う人もいるでしょう。日常的に料理をする人にとっては、それ自体が大きなストレスになってしまうことも考えられます。
玉ねぎを切る時に涙が出ない方法としては、いろいろな方法がネットなどに書いてありますが、要は、玉ねぎから出る硫化アリルが目に入らない方法を考えればよいわけです。
例えば、硫化アリルは一種のガスのように、温度が低くなると出にくくなる性質があるようです。と言うことは、切る前に冷蔵庫で冷やしておくと、いざ切った時に出てくる硫化アリルが少ないかもしれません。
硫化アリルが空中に飛び散る前に除去してしまえばいいと言うことで、流水にさらしながら切る方法もあるようです。また、細胞をあまり壊さずに切ると硫化アリルが出にくくなるため、よく研いだ包丁を使うとよいと言う情報もあります。
目を守ると言う観点で考えると、玉ねぎを切る時は目を物理的に何かで覆ってしまう、例えば水泳の時に使うゴーグルなどを着けるのが一番確実かもしれません。
切っても涙が出ない玉ねぎがあったら
また、切った時に涙が出ない玉ねぎ もあるようです。いろんな工夫をしても玉ねぎを切る時にどうしても目がしみたり涙が出てしまう人、もしくは、玉ねぎを切るたびにいちいち手間をかけるのはさすがに面倒だと言う人は、そう言う品種を選んでみてもよいかもしれません。
気にならない人から見れば、「玉ねぎの涙くらいたいしたことないのに」と思うかもしれませんが、なかには、どうしてもそれが耐えられないと言う人もいるものです。
そう言う人にとっては、我慢してストレスをためてしまうより、いろいろな方法を一つずつ試して解決していくことが心の健康を保つことになります。解決するための複数の選択肢があると知るだけで気持ちがスッと楽になるケースもあるでしょう。
人の毎日の生活の大部分を構成しているのは、些細なストレスです。そして、残りの部分は、ある程度、あるいはかなりストレスフルな何かです。つまり、毎日の、その都度都度に、些細なストレスを覚えることは、毎日その一瞬一瞬をしっかり生きていることだと言えます。
玉ねぎに泣かされてストレスをためるより、心が動いた時ときに素直に涙を流すことで、ストレスのない毎日を送ってみてはいかがでしょうか。
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執筆者プロフィール
中嶋 泰憲(なかじま やすのり)
千葉県内の精神病院に勤務する医師。慶応大学医学部卒業後、カリフォルニア大学バークレー校などに留学。留学先でのカルチャーショックから、自身も精神的な辛さを感じたことを機に、現代人のメンタルヘルスの重要性を悟る。精神病院の現場から、毎日の心の健康管理に役立つような、メンタルヘルスに関する情報発信を行っている。
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