ハウス食品グループが開発した「スマイルボール」というタマネギをご存じですか? なんと、生で丸かじりしてもほとんど辛みを感じることがないという、驚きのタマネギなのです。このタマネギが誕生するまでには、なんと十数年の研究を費やしています。今回は、「多分、日本一タマネギのことを考えているチームです」と語る、ハウス食品グループ本社 新規事業開発部の正村典也と脇本友紀子の二人に、「スマイルボール」の開発秘話や魅力について、たっぷり教えてもらいました。
来る日も来る日も涙を流し続けた!「スマイルボール」開発の日々
一度口にしたらリピート購入するお客様が多いという、魅惑のタマネギ「スマイルボール」。そもそも、なぜハウス食品グループが新しい野菜を開発することになったのでしょうか。
「ハウス食品ではレトルトカレーを製造しています。その工程の中に、タマネギとニンニクを一緒に焙煎するという段階がありました。普通は飴色になりますが、ごくまれに緑色になってしまうことがあったんです。作る単位が大きいですから、場合によっては数百kgほどの材料が無駄になってしまっていました。そこで、緑色になってしまう仕組みをタマネギとニンニクの成分から探る研究が始まったんです」(正村)
この研究を進めていく過程で、“タマネギを切った時、催涙成分(涙をださせる成分)がどうやって、できてくるのか”を明らかにしました。この“仕組み”が、実は、なかなかわかっていなかったのです。この発見は2002年に『Nature』(英国の世界的な学術誌)にも発表され、のちに栄えある「イグ・ノーベル賞(※)」の化学賞を受賞(2013年)するのでした。
※イグ・ノーベル賞……人々を笑わせ、考えさせた業績に与えられる国際的な賞
「涙がでる“仕組み”を明らかにしたことで、それでは、その“仕組み”を持っていないタマネギを作ってみたらどうか、というのが『スマイルボール』開発の発端となりました」(正村)
しかし、涙がでる成分が作られる“仕組み”がないタマネギを作るのは、並大抵のことではありませんでした。この研究では、外来遺伝子を入れて改良する、いわゆる“遺伝子組み換え”を行わず、ランダムに起きた突然変異のタマネギ、つまり“たまたまできた”涙がでないタマネギを見つけだすことを進めました。タマネギが催涙性を示すかどうかは見た目で区別することはできません。涙がでる成分は、タマネギを切ったり、つぶしたりして、タマネギの細胞が壊れた時に、初めて作られるからです。そこで、涙のでないタマネギ探索の当初は、タマネギを木槌で潰しては目に当て、来る日も来る日も涙を流し続けたのだとか!(泣)
「正直、タマネギを目に当てるなんて嫌でしたよ(笑)。けれど、「涙がでる成分」と「舌をヒリヒリさせる辛み成分」は同じ成分とわかっていました。なので、涙がでなければ、そのタマネギは甘いはず、と思っていました。そんなタマネギができたら世の中的に面白いだろうし、何よりも自分たちが楽しそうだと思いました」(正村)
「スマイルボール」のここがすごい!驚きのタマネギがもたらす5つの幸せ
やがて努力と情熱が実を結び、ついに求めていたタマネギを見つけだします。それが、「スマイルボール」です。そんな夢のようなタマネギには、一体どんな特徴があるのでしょうか。
「スマイルボール」がもたらす幸せ①:切っても涙がでない
タマネギを切ると目が痛くなる経験、ほとんどの方があるのではないでしょうか。「スマイルボール」なら、もうその心配は無用です。
「タマネギを切った時に涙がでる“仕組み”に働く酵素というのは二つあるのですが、『スマイルボール』はそのうちの一つをほぼ失っているため、涙がでることはありません」(正村)
「スマイルボール」がもたらす幸せ②:辛みがないから生でおいしく食べられる
北海道産のタマネギである『スマイルボール』は秋・冬が旬です。 「生食で辛みが少ないタマネギというと、春に出回る本州産の新タマネギが一般的ですが、もともと辛み成分がない『スマイルボール』なら秋・冬でも生でおいしく食べられます」(正村)
「スマイルボール」がもたらす幸せ③:タマネギを主役にしたおかずが簡単にできる
辛みがないから、水さらしも不要だし、薄く切る必要もありません。 「お塩を振ってさっと和えたら、2分くらいで簡単に一品完成しますよ」(正村)
ちなみに、水さらしの手間がない利便性や辛みがない特徴から、サラダ店やレストランなどでも広く愛用されているようです。
「スマイルボール」がもたらす幸せ④:栄養素「ケルセチン」が効率よく摂れる
タマネギには「ケルセチン」※という成分が含まれています。 「日本人は、日常生活の中で摂取するケルセチンの8割をタマネギから得ていると聞いたことがあります。通常、タマネギを水にさらすと、3割くらい水に流れてしまいますが、『スマイルボール』ならその流出はないし、辛くないから手軽にたくさん食べられる。その点では、ケルセチンを効率よく摂れる食材といえるでしょう」(正村)
※ケルセチンはポリフェノールの一種。タマネギに多く含まれる健康成分として近年注目されています。
「スマイルボール」がもたらす幸せ⑤:口の中やまな板などのニオイ対策が不要になる
「『スマイルボール』は辛みがないので、生で食べても、口の中にタマネギ臭が残らないんです。だから、朝から食べられるとおっしゃる方もおられます。また、まな板にニオイがつかないのも利点です」(正村)
理科教育や食育の教材に使われ、アメリカにも進出!
これだけ革命的なタマネギは、今やレストランや家庭で消費されているだけではなく、理科教育や食育の教材としても使われているそうです。
「タマネギを野菜ではなく植物という観点で捉え、小学生向けの理科教材としていろんな話をしています。例えば、普通のタマネギと『スマイルボール』を切り、食べ比べて違いを体感し、その違いを話し合う。2つの違いの原因は遺伝子にまでさかのぼれます。「遺伝子」といっても小学生はキョトンとしていますね(笑)。でも、中学生になって、『あの時、言っていたあれだったんだ!』と気づいてくれるきっかけになったらいいなぁと思っています」(正村)
そして、スマイルボールは日本だけにとどまらず、海外でも高評価を得ています。現在アメリカでは「Goldies(ゴールディーズ)」という名前で販売されており、“涙がでない”“ニオイがしない”という点で人気を博しているのだとか。
「この特性って、世界中のあらゆる人々にとって興味や価値があることなのかなぁと思っています。きっと何十年かしたら、タマネギが辛かったことを子どもが信じられないような世の中になるのではないでしょうか。もちろん、いつかアメリカ以外の国にも届けられたらいいですよね」(正村)
いかがだったでしょうか。タマネギはなくてはならない野菜ですが、あまりに使い勝手が良く身近なだけに、あえてその個性に注目してこなかったという方は多いのではないかと思います。 最後にお二人から、「スマイルボール」にとどまらないタマネギの魅力について聞いてみました。
「タマネギって、汎用性があるにもかかわらず、他の野菜と違ってあまり使い分けされていないのが現状ですよね。『スマイルボール』のようなサラダ向けのものがあれば、煮込みに向いているタマネギもあります。実はまだ知られていない“磨けば光る”ようなタマネギがたくさんあるので、もっとタマネギ自体を知ってほしいですし、使い分けることが当たり前になったらいいなあと思っています」(脇本)
「タマネギは、あまりに一般的、というのが魅力だと思いますよ(笑)。でも実はタマネギって、年に一度しか作れなかったり、世界中で作られている野菜の生産量ベスト3に入っていたりと、知られていない事実も多いんです。『スマイルボール』をきっかけに、タマネギや野菜をもっと楽しく食べてほしいですし、それがご家庭のコミュニケーションのきっかけになってくれたら嬉しいですね」(正村)
「スマイルボール」の販売は、毎年秋頃を予定しているそうです。驚きのタマネギが気になる!という方は、ぜひ引き続きHPで最新情報を楽しみにしていてください。
秋・冬が旬!辛くないタマネギスマイルボール
スマイルボールホームページ
- 執筆者プロフィール
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正村 典也
ハウス食品グループ本社アグリビジネス推進部 主席。
1989年 ハウス食品株式会社に入社。スパイスなどの基礎研究の後、スマイルボールの作出。2012年 筑波大学から博士(農学)を授与いただいた。2015年から、スマイルボールの事業推進に取り組んでいる。ソロキャンプと水族館見学が大好物。
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脇本 友紀子
2021年4月よりハウス食品グループ本社 アグリビジネス推進部に所属。
2014年ハウス食品株式会社に入社。大阪支店で家庭内営業をした後、2017年よりハウス食品グループ本社新規事業開発部にてスマイルボールの販売活動を行う。
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