医療における新たな取り組み「先制医療」が注目されています。そのポイントは将来起こりやすい病気を未然に防ぐため、一人ひとりに最適な医療を施すこと。例えば今はまだ何の症状もなくても、先々高血圧になる可能性が高い人に、発症前から治療を行い高血圧にならないようにします。先制医療のカギは食事にある、と語る東京国際クリニック院長の高橋先生にお話を伺いました。
これからは個別化先制医療の時代
―先制医療という言葉が、広まりつつあります。
高橋 アンチエイジングにも取り組んでいる私たちのクリニックでは、「個別化先制医療」と呼んでいます。あえて「個別化」と加えているのは、一人ひとり家族歴や病歴が異なり、生活習慣も違うことを踏まえて、それぞれに最適化された医療を行うからです。例えば濃い味付けを好む家庭で育った方は、どうしても塩分を多く摂りがちです。そうした生活習慣なども含めて個々の患者さんを詳しく調べた上で、将来の発症が予想される病気に対して、事前に治療を施し発症を防ぐ。これが個別化先制医療の考え方です。
―なぜ、病気になる前から治療する必要があるのでしょうか。
高橋 一つには現代の医学では、治せる病気といったん発症してしまったら治すのに難渋する病気があるからです。入退院を繰り返すようになった心不全はその一例といえます。また、できる限り長く健康を保ち、自分の思い描いていた人生を送ること、年をとっても寝たきりなどにならず充実した人生を歩むことなども大切な目標です。
―病気には遺伝的な要素が大きく影響すると聞きました。
高橋 確かに遺伝的な要因が影響することは否定しませんが、それよりも生まれてから今に至るまでの生活がはるかに重要です。そうした生活習慣を知るために問診を重視しています。どのような食事を、どのように食べてきたか。運動習慣の有無や運動量とその内容、仕事をしている方はストレスが影響するのでストレス度チェックも欠かせません。
―通常の健康診断ではあまり尋ねられない内容のようです。
高橋 ほかにも酸化ストレスを調べる検査や、10年後に脳梗塞や心筋梗塞を発症するリスクを調べる検査など一般的な健康診断では行わない検査も行うことができます。健康に大きな影響を与える腸内細菌を調べる検査などもあるので、受診を検討されても宜しいかと思います。
先制医療で大切なのは食事
―将来の発症が予想される病気を防ぐためには、どうすればよいのでしょうか。
高橋 まずは、親身になって、じっくりと話を聞いて、相談に乗ってくれる医師を見つけましょう。例えば、通常の人間ドックに加えてアンチエイジングのための検査を取り入れているクリニックなどで、検査結果について時間をとって説明してくれる医師のいるところが良いと思います。そこで生活習慣の改善法などを聞き、仮に先々で何か病気を発症する恐れがある場合は、事前に手を打ってもらいましょう。
―食事なども注意する必要がありそうですね。
高橋 食事はとても重要です。まず体に良くない代表的なものが「塩分のとり過ぎ」です。血中の塩分濃度が高まると、濃度を薄めるために血管中の水分が増えます。その結果、心臓に負担がかかって苦しくなるのです。心不全につながるリスクのある高血圧や糖尿病などの生活習慣病は、食事に注意することが病気の進行を遅らせる第一歩となります。
―男女による違いなどはないのでしょうか。
高橋 女性は閉経後の動脈硬化に注意が必要です。血管を守る女性ホルモン「エストロゲン」が、閉経により減ってしまうのです。これを補うには、植物性エストロゲンとも呼ばれる大豆イソフラボンなどを意識してとることです。但し、女性の約50%の腸内細菌は、大豆イソフラボンをエストロゲン様作用を有する「エクオール」という物質に変換できません。
―ほかに健康維持に役立つ食材は何でしょう。
高橋 食事の基本は、何よりバランスが大切です。意識して野菜をとることに加えて、血液をサラサラにしてくれる成分のEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)を多く含む青魚を食べるようにしましょう。昼ごはんに定食をとるなら、焼き魚定食や煮魚定食などを選び、白米よりは玄米やもち麦入りがお勧めです。
少し専門的になりますが、EPAとアラキドン酸の比率などは、どれだけ血がどろどろになっているかを教えてくれる指標となります。
―EPAとアラキドン酸は、いずれも不飽和脂肪酸ですね。
高橋 正確には多価不飽和脂肪酸であり必須脂肪酸でもあります。ただしアラキドン酸はオメガ6系で多くとりすぎると血管の炎症を起こすおそれがあります。一方のEPAはオメガ3系で血管の炎症を抑えてくれます。EPA/アラキドン酸の割合が0.4を切っていると、血がどろどろになっている可能性が高いのです。そのような場合は、EPAを意識して摂取すると良いでしょう。となると、お肉よりもお魚を積極的に食べることが望ましいといえます。
ポイントは、腸の老化を抑えること
―腸内細菌の重要性が注目されています。
高橋 腸内には約1,000種類の細菌が、合計100兆個ぐらいいるといわれています。個々の細菌の働きについてはまだまだ不明な部分が多いのですが、腸内細菌の影響を無視できないことは明らかになっています。例えば動脈硬化については、その促進と抑制のいずれにも腸内細菌の関わりがあることがわかってきています。
―食物繊維も意識してとったほうが良いのですね。
高橋 食物繊維は腸内環境を整える上で、重要な役割を果たしています。水溶性の食物繊維は、腸内の乳酸菌やビフィズス菌のエサになります。一方、不溶性の食物繊維は便のかさを増やすので、腸の壁が刺激されて蠕動運動が活発になります。
―腸内細菌も気になります。
高橋 一般的には善玉菌が2割、悪玉菌が1割、日和見菌が7割程度といわれています。日和見菌は善玉菌が優勢になると悪さをすることがあります。また、冠動脈疾患の患者では、デブ菌と呼ばれるファーミキューテス門が多く、ヤセ菌のバクテロイデス門が少ない傾向があるといわれています。さらに、菌の多様性も重要です。腸内フローラを検査すると、こうした菌の状況がわかるので、食習慣の見直しにもつながるのです。
―善玉菌の乳酸菌やビフィズス菌は体に良いのですね。
高橋 これらの菌はビタミンB群をつくったり、免疫機能を持つNK細胞を活性化したりします。腸内のビフィズス菌が減ることは、腸の老化現象として捉えられます。「腸は第二の脳」といわれ、腸のコンディションが良いとストレスを感じにくくなります。「肌は腸を映す鏡」といわれることもあります。便秘になると、フェノール類が腸内に増加し、それらが血液中に流れ出ることで最終的に肌荒れを起こすのです。
食べる時間と食べる順番を意識しよう
―食べ方にも何か注意することはありませんか。
高橋 例えば乳酸菌なら、朝より夜にとる方がいいといわれています。寝る前に食事をするのは勧められませんが、乳酸菌やビフィズス菌をとるなら夜のほうがいいでしょう。その理由は、腸内での滞在時間が長くなるからです。また乳製品を摂る場合は、冷蔵庫で冷やしたままのものではなく、冷蔵庫から出して30分ぐらいおいて常温にしてとる方が、菌の活性が良くなるので腸内を改善する効果が高まります。
―食べる時間にも注意が必要なのですね。
高橋 さらに食べる順番も注意しましょう。例えば乳酸菌は動物性と植物性の2種類があります。チーズやヨーグルトなどの動物性の乳酸菌は胃酸に弱いので、空腹時にはとらないほうがよいでしょう。一方、植物性乳酸菌は比較的、胃酸に強いので、こちらは先に食べても大丈夫です。焼肉屋さんに行ったときなどは、最初にキムチなど植物性乳酸菌を含むものを食べるのも良いでしょう。
―レジスタントプロテインというのもあるそうですね。
高橋 タンパク質でありながら食物繊維のような機能をもつ成分ですね。高野豆腐などに多く含まれている成分で、食事中のコレステロールを吸着して体外に出してくれる作用や糖分の吸収を穏やかにする作用があります。また食物繊維のように腸内の善玉菌のエサにもなります。
―やはり日本人には和食が向いているということでしょうか。
高橋 ごぼう、にんじん、大根、里芋、こんにゃくなど和食の素材は体に良いものが多いのです。だから冬場はけんちん汁などがおいしくて、腸内環境を整える上でも良いメニューですね。魚を食べることも含めて、和食の良さを見直してみてはいかがでしょう。ただ、白米ではなくできれば麦や雑穀をまぜて、食事の後半に控えめに食べること。もう一点、塩分のとりすぎにも注意しましょう。
―毎日の食事が、将来の健康に重要な役割を果たすわけですね。
高橋 日々の生活習慣が、将来の健康につながります。健康を維持するには、まず自分でできる範囲で体に良いことを心がける。その上で、定期的に体をきちんとチェックしてもらう。これが理想的な先制医療の基本だと思います。
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■プロフィール
高橋 通(たかはし とおる)先生
1968年、東京生まれ。1994年筑波大学医学部卒業、国立国際医療研究センター勤務、2008年東京大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士(東京大学)。六本木ヒルズクリニック勤務を経て、2015年より現職。日本医師会認定産業医、総合内科専門医、循環器専門医、人間ドック健診専門医、日本抗加齢医学会専門医。