「漢方」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか?体にやさしそう、伝統の知恵、現代医学とは違う効果があるなど、プラスイメージをお持ちの方が多いのではないかと思います。漢方の基礎知識と風邪や冷えを遠ざける漢方について、大阪大学医学部附属病院漢方内科の萩原圭祐先生のお話を元にご紹介します。
漢方の研究の専門家である萩原圭祐先生
現代医療の漢方薬は、日本独自の伝統医学
原因はわからないけれど、いつもすっきりせず調子が良くない。検査をしても異常はなしと言われる…。そんな「不定愁訴」で悩んでいる人が、「漢方でなんとかならないかな?」と考えることは多いようです。
「漢方薬」とはどのようなものなのでしょうか。そもそも漢方は、中国の医学古典である『傷寒論(しょうかんろん)』や『金匱要略(きんきようりゃく)』などに基づいて発展した日本独自の伝統医学です。漢方薬はこれらの古典に記載された「生薬(しょうやく)」を配合したもので、生薬を用いる条件も細かく定められており、治療効果のある医薬品を意味します。日本では漢方薬の多くはエキス製剤として、健康保険が適用される「医療用漢方製剤」になっています。
漢方といえば風邪薬や胃腸薬といった家庭の常備薬としての印象も強いかもしれませんが、最先端の研究や臨床の現場では、漢方はがんや免疫疾患、西洋医学で治療法が確立されていない難病の患者さんでの効果が期待されています。
ただし、オールマイティな魔法の薬というわけではありません。病態や体質に合わせた処方が必要で、すぐに効くタイプの漢方薬と、飲み続けることで効いてくるタイプの漢方薬があるなど、医薬品として定められた使用法があります。また、残念ながら副作用もありますので、医師の診断のもとでの服用が推奨されています。混同されやすいのですが、昔から経験的に使われてきた薬草(ゲンノショウコ、センブリなど)は「伝承薬」とよばれ、必ずしも医学的に詳しく調べられているわけではありません。
体のバランスを重視し、生活習慣や養生を大切に
漢方では、病気の原因のみならず、その人の体質や心までを見極めて漢方薬を処方します。西洋医学の検査ではわかりづらい、体のバランスの崩れや体の中の相互作用について考えるのが特徴で、これらがうまく働いている状態を「気・血・水」が整っていると捉えます。
漢方の考え方では、体の不調の原因は三つに分けられます。まず、「気(き)」は目に見えない体のさまざまな働きを表します。気の働きが不調になると、
気虚(ききょ)=無気力、疲労、だるさ、食欲不振
気滞(きたい)=頭重、喉がつまる、息苦しさ、おなかが張る
気逆(きぎゃく)=のぼせ、動悸、発汗、不安感
などが見られます。
次に、「血(けつ)」は体の隅々までめぐる栄養やホルモンなどのバランスを表します。血が不調になると、
瘀血(おけつ)=月経異常、便秘、目の下のクマ
血虚(けっきょ)=貧血、皮膚の乾燥、脱毛
などが見られます。
そして、「水(すい)」は血液以外の体液、尿、唾液、リンパ液、涙、胃液、肌の潤いなどの水分をまとめて表します。水が不調になると、
水毒(すいどく)・水滞(すいたい)=むくみ、めまい、頭痛、下痢、排尿異常
などが見られます。
こうした不調の原因の組み合わせに加え、顔色や姿勢を診る「望診(ぼうしん)」、声や話し方、呼吸音などを聞く「聞診(ぶんしん)」、患者さん本人が気づいていない心の動きやさまざまな症状の背景にあるものを診る「問診(もんしん)」、脈や皮膚や腹部を診る「切診(せっしん)」により、漢方医は症状を改善する漢方薬を処方します。
処方に際して、一人ひとりの「レジリエンス」=回復力を利用しようとするのも特徴です。例えば、「気」が不足し、倦怠感や食欲不振の症状のある方には、補中益気湯(ホチュウエッキトウ)が処方されます。本来、倦怠感や食欲不振は体に備わったレジリエンスによって回復できるはずなのですが、漢方薬で胃腸の働きを助け、その人自身のレジリエンスがうまく働く環境を整えてあげるのです。
萩原先生によれば、症状が改善された時こそ注意が必要ですと言われています。「『治った。良かった』で終わらせずに、自分は気虚になりやすい体質または生活習慣にあるのだと思ってください。その漢方薬が効いたということは、それが足りていなかった証しですから。それを過労や睡眠不足、食生活など生活を見直すきっかけにしていただきたいのです。」
正しい飲み方で漢方薬の力を引き出す
では、どのように服用するのがいいのでしょうか。漢方薬は本来「煎じ薬」であるため、フリーズドライのエキス剤は熱い湯に溶かして飲むことが推奨されています。「インスタントコーヒーの粉を口に入れて、水で飲み込む人はいないのと同じです。」(萩原先生)
また、漢方薬の湯気を鼻からゆっくり吸い込んだり、温かいカップを手のひらで包んだり、ゆったり落ち着いた気持ちで過ごす時間をつくるのも効果的なのだそう。こうしたひと時が、体が持っているレジリエンス(回復力)を高めてくれるのだといいます。
一方で、注意しなければならないこともあると萩原先生は話します。「漢方の古典では、風邪をひいたかなと思ったら葛根湯を飲んで、おかゆやうどんなど消化がよく体を内側から温めるものを食べ、布団に入って早めに休み、しっかり汗をかくようにと指導されています。しかし、テレビCMのように、薬を飲めばもう大丈夫、仕事だってがんばれますとは書いていないのです。薬だけに頼らず、仕事のペースや生活習慣の改善も必要なのかもしれませんよ。」
「医食」は同源。日頃の食事に生薬の元を取り入れましょう
医も食も源は同じ、健康な体をつくる根本は食事にあります。漢方の生薬の元は、高価だったり珍しいものだったりと思われがちですが、意外にも日常でおなじみの食材も使われています。今回は、体を温めたり胃腸を整えたりする成分が含まれているものを中心に、心も体も冷えてしまう季節の体力低下の改善におすすめの生薬の元をいくつかご紹介しましょう。
山薬(サンヤク)=自然薯、長芋
消化を助け、体力低下の改善に。生のまますりおろしてとろろご飯や和え物に。煮炊きしても効果は変わりません。
紅花(コウカ)=ベニバナ
血行を促進。女性の月経不順にも。種子からはリノール酸を含むサフラワー油がとれ、サラダ油、マーガリン等の食用油として使われています。花を乾燥させたサフラワーでは「紅花茶」が楽しめます。
桂皮(ケイヒ)=シナモン
お菓子の香りづけやシナモンティーで人気のスパイスです。血液の循環を改善、体を温め、発汗作用があります。
葛根(カッコン)=クズの根
本葛は生産量が少なく高価。一般の葛粉にはじゃがいもの澱粉が加えられていますが、体を温めるための葛湯には充分。
大棗(タイソウ)=ナツメ
胃腸の調子を整え、精神を安定させます。韓国料理のサムゲタンには欠かせません。
陳皮(チンピ)=ミカンの皮
柑橘類ならすべてOK。お吸い物に散らした柚子にも効果あり。消化不良、食欲不振など胃の不快感を取り除きます。ミカンの皮は手軽な入浴剤としても楽しめます。
生姜(ショウキョウ)=生の状態から乾燥させたショウガ
吐き気や食欲不振を改善し、解熱や咳止め効果も。料理にはかかせない食材。はちみつジンジャーティーは体を温めます。
丁子(ちょうじ)=クローブ
甘い香りが人気の肉料理によく使われるスパイス。胃を温め、発散や停滞しているものを動かす作用があります。
枸杞子(クコシ)=クコの実
杏仁豆腐のトッピングでおなじみ。ビタミン、ミネラルが豊富で、虚弱体質や抵抗力の弱い人に。めまいや視力低下の予防にも。
寒い冬は体温を保つために、体は夏よりもエネルギーをより多く消費するそう。体が冷えて栄養やエネルギー物質が体内に行き渡らなくなってしまうと、冷えの悪循環がはじまってしまいます。体を温める食材と睡眠時間をたっぷりとって、エネルギーの循環と体のレジリエンス(回復力)がはたらきやすいよう、食と生活習慣に留意して、健康的な冬を過ごしましょう。
- 萩原圭祐■プロフィール
- 大阪大学大学院医学系研究科 先進融合医学共同研究講座 特任教授
大阪市出身。広島大学医学部卒業後、大阪大学医学部附属病院、関連施設で、内科全般を研修。リウマチ膠原病などの免疫難治疾患の研究・診療に携わり、漢方の必要性を痛感。先端医学と漢方医学との融合治療「なにわ漢方」を提唱・実践し、漢方の腎虚概念を基に、筋肉の老化であるサルコペニアに焦点を当て、研究を展開している。
- http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/kanpou/